オレは兄さんが苦手だ。

兄さんは高校で生徒会長をやっていて、成績はいつもトップ、運動神経も抜群で、品行方正に容姿端麗でまさに“完璧な人”だ。
小さい頃はそんな兄さんがオレの自慢だったが、今はちょっと違う。
たしかに自慢なのは今でも変わらないのだが、オレが何をやってもダメダメなので兄と比べられると劣等感があるのだ。
なので最近は自分から兄に接触することは少なくなった気がする。
それともう一つ苦手な要因があるのだが、オレは別に兄が嫌いなわけではない・・・ただちょっと苦手なだけだ。



「綱吉くん、ちょっといいですか」

声と共にドアが開き、兄が入ってくる。
訊きながら入るならわざわざ訊く必要はないと思うのだが、オレは意見を言うこともなく心の中でのみ呟いた。

「・・・なに?」
「明後日から修学旅行なんですね。なんで僕に教えてくれなかったんですか?」

(うわ・・・怒ってる)

そもそもなぜわざわざ兄に報告しなければならないのだろう。
親は修学旅行の件をもちろん知っているし、当日でも出発前の自分か親から訊けばいいだけの話だ。
なのにこの兄は何をそんなに怒っているのだろう。

「なんでそんなに怒ってるんだよ、骸兄さん。オレが修学旅行でいなくなったところでたいして変わらないんだから別にいいじゃん。」
「君のことで知らないことがあるなんて耐えられないからですよ。君は僕のモノだから」
「・・・・・・・・・」


小さい頃から言われ続けた言葉。

“君は僕のモノ”

最初は“僕の弟だから”という意味だと思っていた。
だけど最近、それが違うことに気づいた。
オレが兄を苦手な要因のもうひとつ、それは兄の熱のこもった視線だった。


「綱吉くん」

いつのまにか傍まで来ていた兄の白く細長い指がオレの頬を撫でる。
色違いの瞳がオレを見つめていた。
この瞳に見つめられると、なんだか落ち着かなくなる。
今思えば小さい頃からこの瞳は苦手だった。

・・・・・・いや、


もっと前から――?





『お前のこと、覚えていられたらいいのにね』
『大丈夫です。君より早く生まれて待ってますから』
『後を追うつもりかよ』
『もちろんですよ。君のいない世界など意味がないのですから』





「・・・・・・え」

身に覚えのない会話が脳裏に浮かんだ。
オレは動揺して兄から視線を外す。

「どうしました?綱吉くん」
「・・・いや、なんでもない・・・」

視線を外したまましどろもどろで答えたオレの顎を兄の指が掴んだ。
そしてくいっと上へ持ち上げて自分の瞳へと視線を固定させた。
強制的に視界に入った兄の色違いの瞳は、気のせいか妖しく揺らめいて見えた。

「クフフ・・・そろそろ目覚めのときですかね、“ボス”?」
「・・・・・・?骸にい、さん?」

“ボス”とはオレのことだろうか?
たまに兄さんが何を言いたいのかわからないときがある。

「ようやくこのときが来ましたか」

オレの困惑をよそに、兄さんは楽しげに口の端を持ち上げた。










孵化する音がする
もうすぐ愛しい“君”が帰ってくる









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